Google よし、京都に行こう!: 2月 2014

2014年2月28日金曜日

京都市上京区|御霊神社(ごりょうじんじゃ)

御霊神社(ごりょうじんじゃ)

名 称:御霊神社(上御霊神社)(ごりょうじんじゃ)

御霊神社は、京都市上京区の寺院です。

御霊神社は、近隣の氏寺として創建された上出雲寺が

あったところに、桓武天皇の勅願により延暦13年の

平安京奠都のときに、王城守護神として崇道天皇の御霊を

祀られたのが神社のおこりとされています。

平安時代には天変地異や疫病流行は怨霊のたたりであると

する御霊信仰が盛んで、この怨霊をなだめ祀るための御霊会が

数々行なわれていましたが、

御霊神社も古来より疫病除の霊社として有名で、

現在行われている御霊祭も日本最古の御霊会ともいわれています。

相国寺の北にあるこの御霊神社は、

応仁の乱発端の地としても知られています。

2014年2月27日木曜日

京都市北区|鞍馬口(くらまぐち)

鞍馬口(くらまぐち)

名 称:鞍馬口(くらまぐち)

京都に入る街道の出入り地点をかつては口と称しました。

鞍馬口は現在も名が残る京の七口の一つ。

鴨川の出雲路橋西の鞍馬口通付近を称し、

出雲口とも京都から鞍馬街道の入口にあたるため

この名が残っています。

七口は、鞍馬口・大原口・荒神口・粟田口・伏見口・

竹田口・東寺口(鳥羽口)・丹波口・長坂口です。

2014年2月25日火曜日

京都市左京区|半木の道(なからぎのみち)

半木の道(なからぎのみち)

名 称:半木の道(なからぎのみち)

半木の道は、北山橋と北大路橋の鴨川左岸にある散歩道。

半木とは、近くにあった流木神社の名前に由来、

洪水で流されてしまったのをきらって「半」の

字をあてるようになったとか。

1970年代に枝垂桜が植えられ春には桜のトンネルが楽しめる。

2014年2月24日月曜日

京都市上京区|祐正寺(ゆうしょうじ)

祐正寺(ゆうしょうじ)

名 称:祐正寺(ゆうしょうじ)

祐正寺は、京都市上京区の寺院です。

寺の創建は慶長7年、浄土宗大本山百万遍知恩寺の末寺で、

法然上人の念仏道場として円誉雲白上人により開かれた。 

祐正寺のご本尊は娶妻結地蔵、通称「妻取り地蔵」と呼ばれています。

このお地蔵さまにお願いすれば、素敵なお嫁さんがもらえるとか。

2014年2月23日日曜日

京都市上京区|大極殿遺址碑(だいごくでんいしひ)

大極殿遺址碑(だいごくでんいしひ)

名 称:大極殿遺址碑(だいごくでんいしひ)

大極殿とは大内裏朝堂院の正殿で,

即位等国家的儀礼や諸政が行われる場所であった。

貞観18年、創建後初めて焼失し,

再三の被災で修復再建が繰り返されたが,

安元3年の大火で焼失して以降,再建されなかった。

明治28年、平安京の実測を行い大極殿をこの地に比定した。

この石標はその比定地を示すものである。

なお,現在はこの位置より南東で遺跡が見つかっています。

2014年2月22日土曜日

京都市上京区|西陣(にしじん)

西陣(にしじん)

名 称:西陣(にしじん)

応仁の乱(1467-77)で、東軍の細川勝元に対して、

西軍の山名宗全が堀川上立売付近に本陣を築いたことから

西陣とよばれる地名となりました。

京都市の北東部。

上京区今出川大宮を中心とし北区にまたがる広い地域の総称。

安土桃山時代には豊臣秀吉が京都の再興を図り、

中国の新しい織物技術を学んだ堺の職人たちをこの地に集め、

機業地とした。狭い路地に面した古い家並みから聞こえる

機織の音は趣きがあり、現在でも西陣織の産地として賑わっている。

2014年2月21日金曜日

京都市上京区|福勝寺(ふくしょうじ)

福勝寺(ふくしょうじ)

名 称:福勝寺(ふくしょうじ)

福勝寺は、京都市上京区の寺院です。

空海が河内国に創建、覚済によって京都に移した。

後西天皇より左近の桜を分栽されたことにより「桜寺」ともいい、

また、豊臣秀吉が武運を祈願して千成瓢箪を寄進したことで

「ひょうたん寺」とも呼ばれる。

節分にひょうたんのお守りが授与されることで有名。

洛陽三十三所観音霊場第二十九番札所。

2014年2月20日木曜日

京都市上京区|浄土院(じょうどいん)

浄土院(じょうどいん)

名 称:浄土院(じょうどいん)

浄土院は、京都市上京区の寺院です。

近隣にある般舟院の穏居所として創建された。

豊臣秀吉と縁のある寺として知られています。

北野大茶会の折、茶を所望した秀吉に、

名水を湧かした白湯ばかりを出したので

「湯たく山茶くれん寺」と秀吉がいったとか。

これが通称として親しまれています。

名水の井戸がある。

本堂には重文の阿弥陀如来坐像がございます。

2014年2月18日火曜日

京都市上京区|妙顕寺(みょうけんじ)

妙顕寺(みょうけんじ)


妙顕寺は、京都市上京区の寺院です。

正式には、四海唱導妙顕寺、山号を具足山という。

日蓮聖人の孫弟子になる日像聖人が1321年に創建。

京都の法華宗の本山。

信長秀吉等によって、寺地もたびたび変わる。

本堂は天保元年(1830)建立。

庭園は、客殿の前庭は龍華飛翔の庭、

書院の前庭は光琳曲水の庭がございます。

紅葉のシーズンには、本堂周辺のモミジが美しく隠れた名所と

いわれています。

2014年2月17日月曜日

京都市上京区|報恩寺(ほうおんじ)

報恩寺(ほうおんじ)

名 称:報恩寺(ほうおんじ)

報恩寺は、京都市上京区の寺院です。

室町時代中期までは八宗兼学の寺院として

一条高倉付近にあったが、後柏原天皇の勅旨で、

1501年慶誉が再興、浄土宗寺院となり天正年間現在地に移った。

豊臣秀吉が寺宝の虎の図を聚楽第に持ち帰ったが、

夜毎吠えて眠れず、寺に返したという逸話から

「鳴虎」の通称名がついた。

2014年2月16日日曜日

京都市上京区|妙覚寺(みょうかくじ)

妙覚寺(みょうかくじ)


妙覚寺は、京都市上京区の寺院です。

永和4年、日実上人が、豪商小野妙覚の援助で

四条大宮あたりにあった妙覚の邸宅に日像上人を

開山に創建したのに始まる日蓮宗京都十六本山の一つで、

具足山と号する。

創建後に寺は各地を転々とするが、

天正18年に豊臣秀吉の都市改革令により現在地へ移建された。

旧地二条通衣棚にあったころには、

妙覚寺は本能寺と共に織田信長の上洛時の宿所とされ、

千利休を茶頭とした大茶会を催したという。

そして、

天正10年の本能寺の変の時には信長の嫡子信忠は

妙覚寺を宿にしており、光秀軍との戦いで妙覚寺は焼失した。

境内は紅葉・桜の隠れた名所として訪れる人も多い。

2014年2月15日土曜日

京都市上京区|妙蓮寺(みょうれんじ)

妙蓮寺(みょうれんじ)

名 称:妙蓮寺(みょうれんじ)

妙蓮寺は、京都市上京区の寺院です。

1294年創建。本門法華宗大本山。本尊は十界曼陀羅。

日蓮の直弟子日像が開基。

当初下京に寺地があったが天文法華の乱で焼失、上京に再興した。

長谷川等伯一派の障壁画、本阿弥光悦の書、

松尾社一切経など多くの文化財を所蔵。

桂離宮の造園を手がけた僧による「十六羅漢石庭」は名高い。

桜の隠れた名所、

10月中旬から咲き始め4月8日の釈迦の生誕日ごろに満開になる

という御会式桜と呼ばれる珍しい桜がある。

2014年2月14日金曜日

京都市上京区|慈受院(じじゅういん)

慈受院(じじゅういん)

名 称:慈受院(じじゅういん)

慈受院は、京都市上京区の寺院です。

西陣・堀川寺之内にある慈受院は、

足利4代将軍義持の正室 日野栄子が、亡き夫の遺言により、

天皇の菩提を弔うために、

1428年に建立したと伝えられてる門跡尼院です。

源氏物語ゆかりのこの寺は、薄雲御所とも呼ばれています。

2014年2月13日木曜日

京都市上京区|首途八幡宮(かどではちまんぐう)

首途八幡宮(かどではちまんぐう)

名 称:首途八幡宮(かどではちまんぐう)

首途八幡宮は、京都市上京区の寺院です。

社伝によると、宇佐八幡宮を勧請したのが始まり伝えられ、

大内裏の王城鎮護の神とされ、もとは「内野八幡宮」という。

かつてこの地に金売吉次の屋敷があったと伝えられ、

承安4年に源義経が平氏からの難を避けるため、

奥州平泉に赴くときに、

金売吉次に伴われ道中の安全を祈願して、

出立したといわれる。「首途(かどで)」とは、

「出発」の意味で、

以来この由緒により「首途八幡宮」と呼ばれるように

なったといいます。

このことから、特に旅立ち、旅行の安全の信仰を集めています。

2014年2月11日火曜日

京都市上京区|本隆寺(ほんりゅうじ)

本隆寺(ほんりゅうじ)


本隆寺は、京都市上京区にある寺院です。

日真上人が、六角通西洞院に草庵を建てたのが始まり。

叡山僧兵の焼き討ちに遭い堺へ逃れたが、

天正2年に現在地に移転。

その後、享保・天明の大火に遭うが、

本堂は焼け残ったことから「不焼寺」と呼ばれるようになった。

本堂の前に井桁を残す「千代乃井」は、

天明の大火から本堂を守ったと伝えられている

西陣五名水のひとつです。

2014年2月10日月曜日

京都市上京区|雨宝院(うほういん)

雨宝院(うほういん)

名 称:雨宝院(うほういん)

雨宝院は、京都市上京区の寺院です。

西陣聖天として親しまれている雨宝院は、

北向山と号する高野山真言宗の寺です。

境内東南の井戸は「染殿井」と呼ばれ、

染物に用いるとよく染まり、

夏の旱魃時においても涸れることがないという。

また、本堂前には「歓喜桜」という、

八重桜があり、開花時には根元から花をつける。

隣の赤松は「時雨の松」と呼ばれ久邇宮朝彦親王が、

参詣の折り、にわか雨を樹の下で凌がれたという話が残る。

2014年2月9日日曜日

京都市上京区|称念寺(しょうねんじ)

称念寺(しょうねんじ)

名 称:称念寺(しょうねんじ)

称念寺は、京都市上京区にある寺院です。

慶長11年に開基上人が松平信吉公の帰依を受けて

建立されました。

3代住職還誉上人の時に、

可愛がっていた猫が姫御前に化身したため追い出したが、

数日後、和尚の夢枕に立ち、

「明日、寺を訪れる武士を丁重にもてなせば寺は再び隆盛する」

と告げたという、猫の恩返し伝説で有名な寺で、

別名猫寺として親しまれています。

動物供養の歴史は六十年と長い。

2014年2月8日土曜日

京都市上京区|釘抜地蔵(くぎぬきじぞう)

釘抜地蔵(くぎぬきじぞう)

名 称:釘抜地蔵(くぎぬきじぞう)

石像寺は、京都市上京区の寺院です。

釘抜地蔵の名で知られています。

819年、空海が開基したといわれ、

後に真言宗から浄土宗となりました。

地蔵堂にある石造りの地蔵菩薩は空海作とも

言われるが定かではありません。

苦しみを抜く、苦抜、が転じて釘抜き地蔵と

呼ばれるようになったとか。本尊は阿弥陀如来。

2014年2月7日金曜日

京都市上京区|上七軒(かみしちけん)

上七軒(かみしちけん)

名 称:上七軒(かみしちけん)

京都五花街の一つ。

室町時代に北野天満宮修造の用材で七軒の茶屋を

建てたことが始まりです。

現在でもお茶屋が軒を連ね、しっとりとした京風情が漂う。

春には「北野をどり」が行われます。

夏には歌舞練場内にあるビアガーデンで現役の芸妓さん、

舞妓さんが相手をしてくれる。

2014年2月6日木曜日

京都市上京区|達磨寺(だるまでら)

達磨寺(だるまでら)

名 称:達磨寺(だるまでら)

達磨寺は、京都市上京区にある寺院です。

臨済宗妙心寺派別格地の古刹で、通称「達磨寺」と呼ばれ、

享保12年(1727年)大愚和尚が開山。

達磨堂には三国随一といわれる起き上がりの達磨をはじめ、

諸願成就に奉納された八千体に及ぶ達磨をまつる。

本堂には約四百人の日本映画創業以来の関係者が

まつられている貴寧磨寺や、島津源蔵夫妻の念持仏をまつる

学神堂等があります。11月1日は達磨忌が営まれます。

2014年2月4日火曜日

京都市上京区|竹林寺(ちくりんじ)

竹林寺(ちくりんじ)

名 称:竹林寺(ちくりんじ)

竹林寺は、京都市上京区の寺院です。

赤門の竹林寺ともいわれる浄土宗永観堂の末寺。

弘安2年(1279)に顕意道教上人が開基した。

十一面観音は藤原時代初期の作品、本尊は阿弥陀如来。

平野國臣や元治元年の禁門の変の天誅組の水郡善之祐ら16名、

池田屋事件で新撰組に捕らえられた古高俊太郎ら8名など

尊皇攘夷に奔走した志士37名の墓がございます。

2014年2月3日月曜日

京都市北区|地蔵院(じぞういん)

地蔵院(じぞういん)

名 称:地蔵院(じぞういん)

地蔵院は、京都市北区にある寺院です。

726年、行基が創建。昆陽山地蔵院。1391年の焼失後、

足利義満が金閣の余材で再建したという。

豊臣秀吉が寄進したという「五色の八重散椿」が有名で、

椿寺とも呼ばれています。

境内には「忠臣蔵」で知られる天野屋利兵衛の墓がある。

一木作りの十一面観音菩薩像が観音堂に祀られています。

洛陽三十三所観音霊場第十番札所。

2014年2月2日日曜日

京都市上京区|千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)

千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)

名 称:千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)

千本釈迦堂は、京都市上京区にある寺院です。

義空上人が、この地に小堂を建てたのが寺の起りといわれている。

当初は、倶舎、天台、真言の三宗の霊場として、

堂塔迦藍も多くあったが、応仁の乱などで堂宇を消失してしまった。

応仁の兵火に遭わなかった本堂(釈迦堂)は国宝。

堂内には、行快作の本尊釈迦如来坐像及び、

快慶作の木造十大弟子立像をはじめ、銅像誕生釈迦仏立像、

六観音菩薩像、千手観音立像などを安置している。

大工の妻、おかめの伝説で名高く、

現在も上棟式の祈祷など信仰を集める。

十二月の大根焚きは諸病除けになるとされている。

2月のおかめ節分も有名です。

2014年2月1日土曜日

京都市北区|北野天満宮(きたのてんまんぐう)

北野天満宮(きたのてんまんぐう)

名 称:北野天満宮(きたのてんまんぐう)

北野天満宮は、京都市上京区にある神社です。

旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。

旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。

神紋は「星梅鉢紋」。

通称として天神さん・北野さんとも呼ばれています。

福岡県の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心で、

当社から全国各地に勧請が行われている。

近年は学問の神として多くの受験生らの信仰を集めている。

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