Google よし、京都に行こう!: 6月 2014

2014年6月30日月曜日

京都市右京区|鹿王院(ろくおういん)

鹿王院(ろくおういん)

名 称:鹿王院(ろくおういん)

鹿王院は、京都市右京区にある寺院です。

足利義満が康暦2年、寿命を延ばすことを祈願して

建立した禅寺に始まります。

その後、

応仁の乱などで衰退してしまい、

残った開山堂を再興して寺号にしました。

山門には義満の筆による「覚雄山」の扁額を掛けている。

本堂の本尊釈迦如来及び十大弟子は運慶作と伝える。

回廊で結ばれた諸堂の間に枯山水の庭がひろがり、

舎利殿には、源実朝が中国・宗から招来した、

仏牙舎利が多宝塔に納められています。

絹本着色夢窓国師像2幅などの文化財を所蔵。

2014年6月29日日曜日

京都市右京区|蚕の社(かいこのやしろ)

蚕の社(かいこのやしろ)

名 称:蚕の社(かいこのやしろ)

蚕の社は、京都市右京区にある寺院です。

正式には木嶋坐天照御魂神社という。

養蚕や染織など多方面で活躍した秦氏との関連が深い。

境内に養蚕神社があり、通称、蚕の社。

境内の池中の明神鳥居を三つ組合せた珍しい石鳥居は有名です。

2014年6月28日土曜日

京都市右京区|広隆寺(こうりゅうじ)

広隆寺(こうりゅうじ)

名 称:広隆寺(こうりゅうじ)

広隆寺は、京都市右京区にある寺院です。

蜂岡寺、秦公寺、太秦寺などの別称があり、

地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれています。

帰化人系の氏族である秦氏の氏寺であり、

平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院です。

国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、

聖徳太子信仰の寺でもある。

毎年10月12日に行われる牛祭は、

京都三大奇祭として知られるが、近年は不定期開催となっている。

2014年6月27日金曜日

京都市右京区|二尊院(にそんいん)

二尊院(にそんいん)

名 称:二尊院(にそんいん)

二尊院は、京都市右京区にある寺院です。

総門を入った「紅葉の馬場」と呼ばれる参道は

紅葉の名所として知られています。

また奥には百人一首ゆかりの藤原定家が営んだ

時雨亭跡と伝わる場所がございます。

平安時代初期の承和年間、嵯峨天皇の勅により

円仁が建立したと伝わる。

以後荒廃するが、

鎌倉時代初期に法然の高弟だった湛空らにより再興される。

室町時代になると応仁の乱による延焼で堂塔伽藍が

全焼するが、本堂と唐門が約30年後の永正18年に

三条西実隆によって再建されています。

2014年6月26日木曜日

京都市右京区|落柿舎(らくししゃ)

落柿舎(らくししゃ)

名 称:落柿舎(らくししゃ)

落柿舎は、京都市右京区にある草庵です。

松尾芭蕉の弟子、

向井去来の別荘として使用されていた草庵で、

去来がこの草庵について書いた「落柿舎ノ記」がある。

古い家の周囲には40本の柿の木があったという。

庭の柿を売る契約をしたのちに、

柿がすべて台風で落ちてしまったためこう呼ばれている。

1691年4月から5月までここに松尾芭蕉が滞在して

嵯峨日記を著しました。

野沢凡兆、凡兆の妻の羽紅、

去来が訪ねてきて一つの蚊帳で5人が一緒に寝たりしている。

現在の庵は俳人井上重厚による再建である。

場所も建物も芭蕉の時代のそれとは異なっています。

平成20年12月1日から平成21年9月末まで

庵の大規模な修復工事が行なわれました。

タンポポの『嵯峨野さやさや』の2番で

「雨の落柿舎 たんぼ道」の歌詞で歌われています。

2014年6月24日火曜日

京都市右京区|常寂光寺(じょうじゃっこうじ)

常寂光寺(じょうじゃっこうじ)

名 称:常寂光寺(じょうじゃっこうじ)

常寂光寺は、京都市右京区にある寺院です。

【 概要 】

百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあって

境内からは嵯峨野を一望できます。

秋は全山紅葉に包まれます。

その常寂光土のような風情から寺号がつけられたとされる。

平安時代に藤原定家の山荘「時雨亭」があったと伝わる地で、

安土桃山時代末の慶長元年に

日蓮宗大本山本圀寺十六世日禎が隠棲の地として当山を開いた。

歌人でもある日禎に小倉山の麓の土地を寄進したのは

角倉了以と角倉栄可で、

小早川秀秋ら大名の寄進により堂塔伽藍が整備されました。

2014年6月23日月曜日

京都市右京区|野宮神社(のみやじんじゃ)

野宮神社(のみやじんじゃ)

名 称:野宮神社(のみやじんじゃ)

野宮神社は、京都市右京区にある寺院です。

伊勢の斎宮に選ばれた皇女が伊勢にゆく前に籠って

精進潔斎をおこなった場所のひとつで、

源氏物語や徒然草、謡曲にも登場します。

黒木の鳥居、小柴垣が往時をしのばせる。

付近に産する竹を「野宮竹」といい、

境内・野宮大黒天の「お亀石」をなでると

所願成就すると伝わる。

2014年6月22日日曜日

京都市右京区|大河内山荘庭園(おうこうちさんそう)

大河内山荘庭園(おうこうちさんそう)

名 称:大河内山荘庭園(おうこうちさんそう)

大河内山荘庭園は、京都市右京区にある日本庭園です。

【 歴史 】

時代劇などで知られる俳優大河内傳次郎さんが

別荘として造営した回遊式庭園です。

昭和9年、傳次郎34歳のとき、

当時長期保存が難しかったフィルムに対し永く

消えることのない美を追究するため自身で設計し

この庭の造営を始めました。

映画出演料の大半を注ぎ込み64歳で亡くなるまで

30年の歳月をかけてこつこつと作り上げたものです。

場所は小倉百人一首でも知られる小倉山の南東面、

嵐山公園に挟まれた約2万平方メートルの荒地で

あったところに位置しています。

2014年6月21日土曜日

京都市右京区|宝厳院(ほうごんいん)

宝厳院(ほうごんいん)

名 称:宝厳院(ほうごんいん)

宝厳院は、京都市右京区にある寺院です。

【 歴史 】

寛正2年、細川頼之が聖仲永光を開山に招聘して創建。

当時は現在の京都市上京区にございました。

応仁の乱に巻き込まれて焼失し、天正年間に再興されました。

明治時代 河川工事のため、寺域が買い上げられ、

天龍寺塔頭の弘源寺内に移転しました。

平成14年、

天龍寺方丈南側の現在地を購入して移転、再興しました。

2014年6月20日金曜日

京都市右京区|天龍寺(てんりゅうじ)

天龍寺(てんりゅうじ)

名 称:天龍寺(てんりゅうじ)

天龍寺は、京都市右京区にある寺院です。

本尊は釈迦如来、開基は足利尊氏、開山は夢窓疎石です。

足利将軍家と桓武天皇ゆかりの禅寺として京都五山の

第一位とされてきました。

「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されています。

当初は渡月橋なども含め約33万平米の壮大な寺地でしたが、

応仁の兵火以降衰退、現在の建築物は近代の再建。

夢窓疎石造営の曹源池を中心とした庭園は当時の面影を残す。

春の桜の優雅さ、秋の紅葉の彩り、

四季を通して魅力あふれる姿を見せてくれます。

2014年6月19日木曜日

京都市西京区|法輪寺(ほうりんじ)

法輪寺(ほうりんじ)

名 称:法輪寺(ほうりんじ)

法輪寺は、京都市西京区にある寺院です。

本尊の虚空蔵菩薩が、

「嵯峨の虚空蔵さん(さがのこくうぞうさん)」として

親しまれています。

奥州会津柳津の円蔵寺、

伊勢の朝熊山(あさまやま)の金剛證寺とともに

「日本三大虚空蔵」と称されています。

古くは、『今昔物語集』・『枕草子』・『平家物語』などに

その名が見え、知恵、芸事の上達、

また丑寅年生まれの守り本尊として信仰を集めています。

また、十三詣りや針供養・うるし祖神の寺としても著名です。

さらに、

境内には、電気・電波を守護する鎮守社である電電宮が祀られて

います。

2014年6月17日火曜日

京都市右京区|渡月橋(とげつきょう)

渡月橋(とげつきょう)

名 称:嵐山・渡月橋(とげつきょう)

渡月橋は、京都市の桂川に架かる橋です。

僧道昌が架橋したのが最初といわれています。

亀山上皇が橋の上空を移動していく月を眺めて

「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことから

渡月橋と名付けられました。

周辺は四季を通じて京都随一の観光名所になっています。

2014年6月16日月曜日

京都市右京区|嵯峨鳥居本(さがとりいもと)

嵯峨鳥居本(さがとりいもと)

名 称:嵯峨鳥居本(さがとりいもと)

嵯峨鳥居本は、京都市右京区の地名です。

古くは「化野」と呼ばれ、京の人々の埋葬の地であった。

現在の町並みは愛宕神社の門前町として発展したもので、

化野念仏寺を境に瓦屋根の町家風民家が並ぶ

下地区と茅葺きの農家が多い上地区と二つの風景が共存する。

1979年に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。

2014年6月15日日曜日

京都市右京区|大沢池(おおさわいけ)

大沢池(おおさわいけ)

名 称:大沢池(おおさわいけ)

大沢池は、京都市右京区にございます。

大沢池は大覚寺の東にあり、

嵯峨天皇が離宮嵯峨院の造営にあたって、

中国の洞庭湖を模して造られた日本最古の庭池。

池の周囲は約1キロで、

心経宝塔、石仏、名古曽の滝址があり、

国指定の名勝地になっています

日本三大名月鑑賞地として有名です。

2014年6月14日土曜日

京都市右京区|覚勝院(かくしょういん)

覚勝院(かくしょういん)

名 称:覚勝院(かくしょういん)

覚勝院は、京都市右京区にある寺院です。

明冶天皇とも関わりが深く、

陛下ご一代のお守り本尊として信仰されています。

覚勝院の本堂は正徳元年徳川家宣の寄進によるものです。

ご本尊は、十一面観世音菩薩。

歓喜天、聖天様も祀られています。

大根供養の時のみ一般客も拝観できます。

2014年6月13日金曜日

京都市右京区|大覚寺(だいかくじ)

大覚寺(だいかくじ)

名 称:大覚寺(だいかくじ)

大覚寺は、京都市右京区にある寺院です。

本尊は不動明王を中心とする五大明王、

開基は嵯峨天皇です。

嵯峨天皇の離宮を寺に改めた皇室ゆかりの寺院です。

また、

後宇多法皇がここで院政を行うなど、

日本の政治史に深い関わりをもつ寺院です。

2014年6月12日木曜日

京都市右京区|直指庵(じきしあん)

直指庵(じきしあん)

名 称:直指庵(じきしあん)

直指庵は、京都市右京区にございます。

隠れた秋の紅葉の名所としても知られています。

【 由来 】

江戸時代の1646年に独照性円が没蹤庵を

建てたのに始まります。

名前の由来は独昭禅師が黄檗禅の正統さを

「直指伝心」することを旨としたことによる。

その後荒廃し、

幕末に近衛家の老女津崎村岡局が浄土宗の寺として

再興したのが現在の直指庵です。

再興時の建物は明治年間に消失し、

現在の建物は1899年に再建されたものです。

2014年6月10日火曜日

京都市右京区|宝筐院(ほうきょういん)

宝筐院(ほうきょういん)

名 称:宝筐院(ほうきょういん)

宝筐院は、京都市右京区にある寺院です。

室町幕府2代将軍・足利義詮と

南朝の忠臣・楠木正行の菩提寺です。

【 歴史 】

平安時代に白河天皇の勅願寺として建立され、

当初の寺名は善入寺と称した。

南北朝時代に夢窓国師の高弟・黙庵周諭が中興開山し、

黙庵に帰依した足利幕府二代将軍・足利義詮によって

観林寺と寺名を改められるが、ほどなく善入寺に戻された。

南朝の忠臣・楠木正行もまた黙庵に帰依しており、

彼が1348年に河内国北條で行われた四條畷の戦いにおいて

足利方の高師直・師泰兄弟と戦って敗北した後は、

黙庵によってその首級を寺の敷地内に手厚く葬られた。

その正行の敵である足利義詮は、正行の埋葬を知ると、

「自分の逝去後、かねており敬慕していた観林寺の

楠木正行の墓の傍らで眠らせてもらいたい」と遺言を

残したと言われ、1367年彼の死後ほどなく、

正行の墓の隣の墓に葬られました。

その後、

8代将軍・足利義政の代に、

その寺名は義詮の院号である宝筐院に改められたという。

2014年6月9日月曜日

京都市右京区|清凉寺(せいりょうじ)

清凉寺(せいりょうじ)

名 称:清凉寺(せいりょうじ)

清凉寺は、京都市右京区にある寺院です。

嵯峨釈迦堂の名で知られ、

中世以来「融通念仏の道場」としても知られています。

宗派は初め華厳宗、後に浄土宗となりました。

本尊は釈迦如来、開基は奝然、開山はその弟子の盛算です。

2014年6月8日日曜日

京都市右京区|厭離庵(えんりあん)

厭離庵(えんりあん)

名 称:厭離庵(えんりあん)

厭離庵は、京都市右京区にございます。

嵯峨・小倉山のふもとにあり、

藤原定家が「小倉百人一首」を編纂した山荘

「時雨亭」旧跡とされる場所のひとつです。

藤原定家塚、為家の墓がございます。

現存の本堂や茶室は明治期に建立されました。

紅葉の時期のみ特別公開されるが基本的には非公開です。

2014年6月7日土曜日

京都市右京区|愛宕神社(あたごじんじゃ)

愛宕神社(あたごじんじゃ)

名 称:愛宕神社(あたごじんじゃ)

愛宕神社は、京都市右京区にある寺院です。

【 概要 】

山城・丹波国境の愛宕山山頂に鎮座する。

古くより比叡山と共に信仰を集め、

神仏習合時代は愛宕権現を祀る白雲寺として知られました。

火伏せ・防火に霊験のある神社として知られ、

「火迺要慎(ひのようじん)」と書かれた

愛宕神社の火伏札は京都の多くの家庭の台所や

飲食店の厨房や会社の茶室などに貼られています。

また、「愛宕の三つ参り」として、

3歳までに参拝すると一生火事に遭わないと言われています。

2014年6月6日金曜日

京都市右京区|愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)

愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)

名 称:愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)

愛宕念仏寺は、京都市右京区にある寺院です。

愛宕山参道の山麓の入り口に位置する嵯峨野めぐりの

始発点として知られています。

もとは東山の地にあった寺を念仏上人ともいわれた

千観が復興したことで、

念仏寺と呼ばれるようになったとの伝えがございます。

平安時代から京を守る火除地蔵尊は

「延命地蔵さん」とも親しまれています。

2014年6月5日木曜日

京都市右京区|化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)

化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)

名 称:化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)

化野念仏寺は、京都市右京区にある寺院です。

化野は東山の鳥辺野、洛北の蓮台野と並ぶ

平安時代以来の墓地であり、風葬の地として知られています。

【 歴史 】

伝承によれば弘仁2年、空海が五智山如来寺を建立し、

野ざらしになっていた遺骸を埋葬したのに始まるとされ、

後に法然が念仏道場を開き、念仏寺となったという。

本尊は阿弥陀如来像、本堂は江戸時代の正徳2年に寂道により

再建されたものです。

境内の約8000体という夥しい数の石仏・石塔は、

明治36年頃に、

化野に散在していた多くの無縁仏を掘り出して集めたものです。

境内には水子地蔵もあり、

地蔵菩薩の縁日には水子供養が行われています。

2014年6月3日火曜日

京都市右京区|滝口寺(たきぐちでら)

滝口寺(たきぐちでら)

名 称:滝口寺(たきぐちでら)

滝口寺は、京都市右京区にある寺院です。

滝口寺は、宮中警護に当たる滝口の

武士・斉藤時頼が建礼門院に仕えた横笛との恋を、

父にいさめられ自責し仏道修行をしていたお寺です。

本堂には、滝口と横笛の木像が祀られています。

2014年6月2日月曜日

京都市右京区|祇王寺(ぎおうじ)

祇王寺(ぎおうじ)

名 称:祇王寺(ぎおうじ)

祇王寺は、京都市右京区にある寺院です。

【 歴史 】

元々は浄土宗の僧・良鎮が創建した往生院の跡を

引き継いで今日に至ります。

また、『平家物語』には平清盛の寵愛を受けた

白拍子の祇王と仏御前が出家のため入寺した

としても知られています。

その後往生院は衰退をたどり、

明治時代の初期に一時廃寺となるが、

嵯峨大覚寺の支配を受け真言宗に改宗し、

1905年に富岡鉄斎らの尽力もあって復興を遂げました。

苔の庭でも知られています。

2014年6月1日日曜日

京都市右京区|法金剛院(ほうこんごういん)

法金剛院(ほうこんごういん)

名 称:法金剛院(ほうこんごういん)

法金剛院は、京都市右京区にある寺院です。

境内に現存する浄土式庭園の一隅にある青女の瀧は

日本最古の人工滝とされており、

国の特別名勝に指定されています。

待賢門院の発願により林賢と静意の作と伝わる。a

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